みなさんこんにちは。
今回は「運動習慣」です。
どうぞ最後までお付き合いください。
【運動習慣で得られるもの】
一言でいえば元気、ではないでしょうか。
それに加えて自分について話す、考える思考習慣も得られると思います。
【SNSがあらわす「わたしも」の時代】
SNSは「わたしも」の時代をよくあらわしているな、と思います。
例を一つあげさせていただきます。
わたしはゴルフに関する投稿ももちろん拝見いたしますが、時代だなあと感じるのは野球についての投稿です。
野球観戦が好きなのでプロ野球や大リーグの話題を見ては「日本の野球はなぜこんなにずっと強いのか?」を考えている間に、NPBでは広島が3連覇したりソフトバンク(前ダイエー)が強かったり、最近ではパがセを圧倒し続けるということで両リーグともDH制にするかどうかの議論まで‥。
「ところで、プロ野球ってこんなにオシャレだったかな‥?」と。(あくまで個人的なイメージですが)
すっかりオシャレになったプロ野球を見ている内に、このピッチャーはボールを握る人差し指に力が入っていないんではないかな、などにも目がいくように。
だんだんと野球の技術についての投稿も熱心に見るようになり、ファンの方や指導者の方たちのわかりやすい内容になるほどなあ、と。
最終的には自分もバッティングセンターへ行き、最近はマイバットを持って定期的に通っています。
「最初の自分の話はなんだったかな?バッティングが面白いからまあいいか。」と。
「わたしも」を引き出すSNSはスポーツと相性が良かったと同時に、それをどう思うかはともかく、人間がいかに視覚情報の生き物かということがよくわかります。
【声の大きさと主張の中身はまた別】
「難しい」まできている人がその一言で片付けてしまうと損、ということはこれまでにも述べてきました。
もちろん大人には主張や考えがあります。
わたしがここで長々と説明を書くまでもなく、一人一人が持つその主張に署名があろうとなかろうと、その声が大きいか小さいかも関係なく、その人自身のあらゆる生活習慣、行動習慣、思考習慣が可視化される時代があっという間にやってくることでしょう。(もうきているかもしれませんが)
その時にまた新たな時代の価値観が緩やかに生まれることと思います。
生まれるというよりも、むしろ元々あったものがより鮮明になる、というイメージです。
「これって何かいいよね」とフワッと思われていたものが「これはいい」とみんなが口にするように。
自分の話をしているようで実は他人の話に縛られて「難しい」だけを繰り返していたことに多くの人が気づくのではないでしょうか。
【ゴルフスイングの何が「難しい」のか】
運動習慣で得られるものはたくさんありますが、「わたしも」は当然ですし、またそうでなければ意味がありません。
それがデジタル化により、どんどん早くはっきりとしてきています。
ゴルフスイングで言えば、「股関節の前傾角キープ」などの「ゴルフの型」までをすっとばせるぐらいのデジタル化ができるかどうか、できているかどうか、という議論になるのでしょうが、そこまでのハイテククラブは未だないどころか、むしろ「股関節の前傾角キープ」などの型ができている人ほど自由に体を使えている、というのが実感するところです。
だから伝えることは「難しい」ですし、隙あらば「しっかりさん」にも届くドンズバのスイング方法を考えますがボールの横に立って行うのがゴルフスイングである以上、現行ルールの中ではまずないのではないかな、というのが今のところの結論です。
「わたしも」が早くはっきりとしてきているとは言え、全部を一足飛びには得られない、少なくとも今のゴルフはそうであり、そういうことが無意識にわかる運動習慣の持ち主が「まっすぐさん」や「なんとなくさん」ではないか(あくまでも仮説ですが)、というお話でした。
次回は「英語」です。
それでは今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。